※本稿は9月6日深夜までに明らかになった情報を元にしています。
※それ以降の随時更新はしていませんので、最新の情報と異なる場合があり得ます。
9月5日 11:43頃、京急電鉄 神奈川新町駅の浦賀方すぐ(神奈川新町~仲木戸 間)にある「神奈川新町第一踏切」にて下り快特電車が立ち往生していたトラックに衝撃し脱線する事故が発生しました。
神奈川新町は京急川崎と横浜の間にある駅で、日中はエアポート急行と普通が停車し、快特は通過します。
列車は浦賀方の3両程度が脱線して架線柱などの設備を巻き込んで停止し、トラックは炎上しました。
当該車両についての情報
当該車両は1137F、2010年製造の新1000形(10次車)8両編成です。
1137-1138-1139-1140-1141-1142-1143-1144
←浦賀 品川→
運用は89H、事故が発生した快特は京成線青砥駅発、京急線三崎口駅行でした。
京成線内と都営浅草線内は各駅に停車し、京急線内で快特運転となります。
(主な駅のみ記載)
青砥10:47→押上11:01→泉岳寺11:25→品川11:28→横浜11:46→12:33三崎口
列車番号:1088SH
衝突時の速度は何キロだったのか
報道に出ている乗客証言からすると「ブレーキがかかったのちにぶつかった」ということで、最高速度である120km/hでそのまま衝撃したわけではないようです。
京急電鉄からの発表によれば…
・踏切は快特通過の39秒前から警報音が鳴り出し、20秒前に遮断機が下りきる
(速度120km/hなら、それぞれ1300m手前・666m手前)
・トラックは踏切鳴動開始前に踏切内へ入っていた
・支障物を検知して運転士へ知らせる「踏切障害検知器」は動作していた
・休憩中に通りがかった京急職員がトラック立ち往生を目撃し踏切非常ボタンを押した
・それらの異常を知らせる信号機は踏切の10m・130m・340m手前に計3カ所設置されている
(その信号機は600m手前から視認可能な設計となっている)
ということで、運転士がどの信号を見てどの時点でブレーキを掛けたかは不明とのこと。
非常ブレーキの減速度を4.5km/h/sとすると、120km/h走行時に停止するには
120 ÷ 4.5 = 26.67秒
かかり、その停止距離は
1/2 × ( 4.5 × 1000 ÷ 60 ÷ 60 ) × (26.67)^2 ≒ 444m
と、求まります。
ただし電車も自動車や自転車と同じく「あ!と思ったと同時にブレーキを操作し」「操作と同時に機器が応答して最大ブレーキ力が得られる」わけではなく、空走距離があるため、実際の停止距離はこの計算よりも長くなります。
ここで少々(時刻t,速度v,位置x)について議論します。
物理や計算が苦手なかたは次の大きな画像まで読み飛ばしてくださいw
初期条件をt1=t0=0[s]、v=v0[m/s]、x=x0=-1000[m]とし(以降は数式中の単位を省略)
ブレーキを掛ける時刻をt=t1、そのときv=v1=v0、x=x1、
空走距離は0、ブレーキ動作中は加速度αの等加速度運動するものとし、
踏切に到達する時刻をt=t2、そのときv=v2、x=x2=0とします。
t1<tのとき、速度vおよび位置xをtの関数として表すと、
と、なります。
これらからtを消去、および
から、vをxの関数として表すと、
と、なります。
ここに初速v0=120km/h、加速度α=(-4.5)km/h/s=-1.25m/s/sを代入し、踏切の手前(x1=940m、600m、444m、400m)で非常ブレーキを掛ける場合のv-xグラフ(いわゆるランカーブ)を描くと下図のようになります。
踏切の940m手前で障検信号機を視認できるならば、最高速度120km/hの停止距離444mに対して理論上は2倍程度の距離を確保できることになるので、空走距離を加味してもぶつかることはないであろう設計にはなっています。
なお、いわゆる600m条項といって、在来線の列車は非常ブレーキの制動距離を600m以内とすること…という規則が以前存在したので、参考としてx1=600も描画しています。
※規制値としての「制動距離は600m以内」という話と、車両の物理的な能力である「理論上の制動距離444m」が混同される場合があり、注意が必要です。
さて、子安~神奈川新町には緩いカーブがあり、Youtubeの前面展望動画で確認する限り、カーブを抜けて神奈川新町駅方を見通せるようになるポイントは踏切の約400m手前付近ではないかと思われます。
踏切障検信号機が340m手前に設置されているとすると、カーブを抜けてからでないと運転士からは確認できず、本当に踏切の940m手前で障検信号機を視認できたか?に疑問を感じています。
※テレビ報道の映像によれば、信号機は線路の左側に設置されていました。
すなわち、カーブを抜けないと、運転士は信号機を確認できません。
カーブを抜けたと同時に障検信号機に気が付いて直ちに非常ブレーキを掛け(さらに空走距離が0であったとし)ても、踏切の手前x1=400となり、40km/hで衝突します。
ここで踏切の手前(x1=444m、400m、300m、200m、100m)で非常ブレーキを掛ける場合のv-xグラフを描くと下図のようになります。
速度120km/hを秒速換算すると33.33m/sであり、3秒で約100m進みますので「見て・操作して・機器が応答」に3秒要したとすると、x1=300mとなります。
この場合はブレーキが掛かった約15秒後にv2=68km/hで衝突することになります。
(t2-t1=15については上記で議論していませんが、参考値として掲載。計算式は略。)
さらに3秒、すなわちカーブを抜けて6秒後にブレーキが掛かるとすると、x1=200mであり、v2=89km/hで衝突することになります。
以上のように、始めの数秒の差で、衝突時の速度は大きく変わってきます。
なお、踏切障検と自動列車停止装置を連動させることで、運転士が手動でブレーキを掛けなくても止まるようにしている会社もある(だから、本件は京急電鉄の安全対策不足だ)とする論[だれ?]もありますが、すべてを自動連動化することが必ずしも良いとは限りません。
2017年9月に小田急線参宮橋駅付近で発生したケースのように「踏切の手前で自動で止まるシステムを構築したことにより、止まった列車に近隣の火災が延焼してしまった」という自動システムならではのデメリットもあり、どのようなやり方で安全を確保するかは、路線の特性・列車密度・踏切の数や道路交通量などを各鉄道会社が総合的に検討した上で判断するものであるといえるでしょう。